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☆アイテールの絵本屋さん☆

☆アイテールの絵本屋さん☆

アルカディアの聖域~第一章後編~

アルカディアの聖域
第1話~Lost memories~



 「かんぱーい!!」
アイは持っていたグラスを高々と上げた。
カチン と心地よい音が響き渡る。
横に座ってるフロも、持っていた小さなグラスを掲げた。

「二人とも、今日は俺のおごりだ じゃんじゃん喰ってくれ!」
「おーーーーーー!!!」
私達がいるのはアリアンの酒場。
広場での騒動のあと、ハースに言われたとおりに酒場へ行った。
アイとフロは昼間の事件を忘れかけていた。

「ご注文は? 今日こそは新しいの食べさせるからね?」
注文を取りに来たバーテンダーが微笑みながら言う。
「レッドシーフの丸焼きと~ あとはいつもどうりでw」
アイが真っ先に注文する。
バーテンダーはあきれ気味にメモを取る。
「俺はポップ酒追加で、薫製肉と蟹のゆでパン」
続いてハースが言う。
「僕は・・・・・・ ええっと・・・・・・」
フロはどれを食べるか迷っている様だ。

「フロちゃんにはグラタンが合うと思うよ?」
バーテンダーがおすすめを紹介する。
「うちのグラタンはね、あんまりお肉とかチーズは使わないの。
豊富な野菜と、よく練ってゆでた自慢のマカロニがあるからねw
素材にもこだわってロマ町から野菜は来てるし、ハノブから小麦粉も輸入してんのよ。
ちょっと癖がある味だけど、おいしいから食べてみたら?」
アイは
「おいしそう・・・・・・」
と舌をじゅるりと動かす。
フロは目を輝かせて聞いている。

「アイ、飲み物は?」
フロがメニューを見てる間、他の注文を取る
「アリアンフルーツジュー酒でw」
「変な名前にしないでよ」
バーテンダーは苦笑しながらメモを取った。

「んで? こんな所で何やってるのかにゃ~? モモ姫様?w」
アイはにやにや笑いながらバーテンダーを見た。
ハースはそれを眺めている。
「バイトだよ バ・イ・ト」
モモは服をひらひらさせながら答える。
「うちも結構生活厳しいからね~ アイみたいに召還獣とか従えてないから」

モモはアイと同じ系統のジョブである。
しかしサマナーとは違い、魔物と言葉を交わすビーストテイマーというジョブなのだ。
通常サマナーは召還獣を使うが、戦力強化のためビーストテイマーの修行に励むこともある。
またビーストテイマーも召還獣を従え、共に戦うのである。

「そっか、ニュマ元気?」
「元気元気、今も厨房で手伝いしてくれてるw」
モモはにんまりと笑い、カウンターの奥を指さす。
ニュマとはモモが飼ってるペットのことだ。
種族はエルフ。 人間にしたらやや小さいが、子供と変わらない大きさである。

「あんまし無理させたらダメだよ?」
アイは笑いながらそう言った。
「あの、注文良いですか?」
フロが頃合いを見計らって言う。
「あいあい、なんにします?」
モモは営業スマイルで答える。
「ええっと アリアン特製グラタンとブルージュースで」
メニューを置いて、わくわくといった表情をしている。
フロが頼んだブルージュースとは、フルーツの中でも異質な”チュミーウ”という果物を使ったジュースだ。
色はその名の通り蒼く、口に含むとシュワシュワとはじける。 フロが言うには炭酸系なのだという。
「りょーかい、ちょいまっててね~ すぐに作るからw」
モモはパタパタとカウンターへと消えていき、ハースはポップ酒を飲み干す。

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

三人は黙って座っている。
食事が来る間、誰も口を開かなかった。




同時刻
~ハノブ酒場~

「相変わらず騒々しいな」
男がしかめっ面でぼやく。
「ですね」
酒臭い空気と男達の声、罵声、笑い声、食事をする音。

「ここと比べたらアリアンの方が住みやすそうだな」
テーブルには大柄の男が一人と、向かい側に座ってる細身の女だけ。
酒場の中でも端の方に座っていた。
「いっそのこと移住しますか?」
女は真面目に聞く。
「ばぁか そしたら自治体の意味がないだろうが」
男が言う。
「それもそうですね」
女はため息をつきながら言った。
「ふぅ・・・・・・」
男の方もため息をつく。

「同族と会ったというのに・・・・・・ 嫌な展開になりましたね・・・・・・」
女はそう言って、自分のポップ酒を飲み干す。
「お前はどうだ? イクィ」
イクィと呼ばれた女が聞き返す。
「何がでしょうか」
男は昼間のことだと呟く。
「あの子達は敵か味方かって事だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
イクィは黙っている。

いつもそうだ・・・・・・ と男は思った。
知り合ってからそうだが、イクィは物事を深く考えてしまう癖がある。
そのため何をするせよ、考えがまず先に出てしまい行動が遅れるのだ。
仕方ないか、性分だもんな・・・・・・
それ以上の反応が見られないと解ったのか、話を切り替える。

「それはそうと、あの子達に依頼を渡しておいたぞ」
イクィが男を見る。
「厳密に言えば、あの剣士にだがな」
そう、付け足した。
「危険なのでは? おそらくあの子達の精神力では解決不可能かと・・・・・・」
イクィは心配そうに膝の上で手をぎゅっと握る。
「大丈夫さ、俺たちがそうだった様にな」
男が言う。

酒場の雰囲気はいつの間にか静まっていく。
見れば他の客はほとんどいなくなっていた。
さっきまでの喧噪が嘘のように思える。

「そろそろ出るか アリアンに行かないと」
「御意」
男は勘定をすまして扉の方へ歩いていく。
イクィもそれに続き並んで歩き出す
「Togusa様 行き先は?」
「アリアンの宿屋だ そこに聖域の鍵がある・・・・・・」
そうして二人は酒場から姿を消した。



~アリアン酒場~

さっきの空気は何処に行ったのだろうか。と言うくらいの盛り上がり。
厳密に言えば、酔ったアイがフロやハースに話を降り、会話をしているせいだが。

「らからぁ、なんろもいってるれしょ~?」
ろれつが回らない口調でアイはフロの方を見る。
ちなみに目も据わってる。
「アリアンのフルーツジュースはれんかいっぴんなの~ いいからフロものんれみなさいよぉ~」
と、端から見ればむりやり子供にお酒を飲ませる親戚の叔父さんみたいだ。
「いっ いえ 僕は良いです・・・・・・」
フロは冷や汗をかきながら拒否する。
するとアイは大声で、何よあらしのじゅーすはのめないっれいうのぉ!!とわめき散らす。
「ハースさん!! 助けて下さい~!!」
フロはもうどうして良いか解らずハースに助けを求める。
ハースはすでに酔っているらしくフロの言葉右耳から左耳に通り抜けていった。

「ありゃま、こらまたずいぶんと酔ってるねぇ~」
そこに大柄の男が加わる。
「あ、ベランさん!! 助けて下さい~」
フロは泣きそうな声で助けを求める。
ベランと呼ばれた男が頷く。
「おうら、アイちゃん料理も食ってくれよ? 残したらレッドシーフが家に出るようになるよん」
「うおーっすベランゾン~ 一緒に飲もうよぉ~」
アイはだらりとした腕をベランの方に載せようとする。
その刹那!!
何者かによって腕を払われる!!
「誰!!? モンスター!!?」
アイは立ち上がり身構える。
モンスターという単語を聞いて、酒場にいる全員が一斉にこっちを振り向く。


「だぁれがモンスターじゃぁ!!」


バゴ!! という音が店内に響く。
「ったく、人が久しぶりに顔見せに来たかと思えばうちの人に何やってんの!」
声の主はかなり怒っている様子だ。
「いたぁい~ そんなに怒らないでよぅ~」
アイは涙目になりながら頭を押さえている。
「ゆうさんじゃないですか!!」
フロは声の主に話しかける。
「お フロちゃんw 元気してた?」
「はい! 今日はさんざんな一日でしたけどね・・・・・・」
フロはそう言ってうなだれる。
「何かあったのかい? よかったらおいら達が相談に乗るよ?」
ベランは床にしゃがんで、フロの目線に合わせてそう言った。

二人は昼間のことを話した。
ハースが来たこと。 蜘蛛が現れたこと。 そしてそれを撃退した後の事も。
聞き終わってからゆうが言う。
「ずいぶん物騒なことになってきてるじゃないか・・・・・・
怪我人は出なかったの?」
アイは黙って頷く。
「奇妙な話だねぇ~ なんか嫌なことが起こる気がするなぁ」
ベランは縁起でもない事をさらっと言ってのける。
「嫌なこと言わないで この子達怯えてるじゃない」
ゆうが夫であるベランに言う。

「アイさん さっきから何をぶつぶつ言ってるんですか?」
フロはふと気付いたように言った。
「ん~ なんでもない」
アイは普段道理の口調で言う。
「それなら良いんですけど なんか疲れてませんか?」
フロが心配そうに聞く。
「何でもないって」
苦笑しながら言う。
「アイ、あんた顔色悪いよ? 早く休んだらどう?」
「熱もあるんじゃないか? 顔がとろろ~んとしてるよん?」
二人もアイを気遣って言う。
「大丈夫だよ 大丈夫だから・・・・・・」
アイは自分に言い聞かせるように言う。
するとそのとき、ハースが言う。

「昼間のことだが」
アイ、フロの二人は急に固まる。
「俺に心当たりがある」
そう言ってハースは立ち上がる。
いままでずっと静かにしていたのだ。
「俺の宿屋まで来てくれ そこで俺の知っている全てを話そう」
そう言うとハースは酒場から立ち去った。
残されたアイやフロは、あわててハースを追いかける。

「ふぅ、いっちまったか」
ベランがアイ達が残していった食べ物を見ながら残念そうに言う。
「仕方ないよ 私達は仕事をしないとね」
ゆうはカウンターの奥に入っていく。 
それを追うようにしてベランも奥へと入っていく。


同時刻
アリアン広場


薄暗い闇の中で二人の人影が見える。
「イクィ 感じるか?」
一人が、横地立っているもう一人に話しかける。
「廃・・・・・・ 焔・・・・・・ そして断罪の記憶・・・・・・」
イクィと呼ばれた一人が呟く。
「魔群の一種か・・・・・・」
一人が呟く。
「急ぎましょうTogusa様」
イクィが歩き出す。
「アルカディアに誓って・・・・・・」
Togusaと呼ばれたもう一人の人物が、右胸に拳を当てて呟く。
そしてイクィと共に歩き出した


~アリアン宿屋~

部屋の中には、ベットが入り口の左側に一つ。
中央には丸い絨毯が敷いてある。 それを境に机 右側に本棚 左にソファーがあった。
フロは近くにあったソファーへと腰掛け、アイはソファーを背もたれに床に座る。
「さて、何から話そうか・・・・・・」
ハースはこちらを向いて考え込む。
アイは静かに言う
「全てを話してくれるんでしょ? 私達はそのつもり出来たんだから」
フロも頷く。
ハースは二人の顔を見て頷く。
そして机に向き直り、一冊の本を手に取った。
ハースは二人に見えるように床に置き、自分もあぐらをかいて座った。

「お前達の知りたいことは、全てこの中に書いてある」
ハースは顎をしゃくり、本の方へ促す。
アイは本を手にとってみる。
その本は大きく、まるで図書館にある世界地図の大全集の様だった。
所々破れており、いかに長い年月を経ているかが解る。
表面はざらざらしており、手垢のようなシミがいくつもあった。
ハースが机の上のランプを床に置く。
アイは本を開いてざっと見通す。
フロもアイの背中越しに見る。

「こ これって・・・・・・!!」

一通り読んだのか、アイはハースを見る。 その顔は戸惑っている様子だった。
「何でこんな物がここにあるの!? これは・・・ これは・・・・・・!!」
フロも驚いている様子だ。
するとハースはアイの言葉の後を代弁するかのように言う。
「そうだ これは旧ブルン王国の資料・・・ 新ブルン王国の手によって、隠された歴史
俺はこの本をある依頼人から受け取ったんだ この本を持ち世界を回り、全ての人々に隠された歴史を見せる そういう依頼だった」
ハースは静かに語り出した。
アイは真剣なまなざしで話を聞いている。
「その本の第三章を見てみろ そこに隠された歴史の全てが書いてある・・・・・・
それを見た時は俺も吃驚したさ 王国が魔物によって殲滅させられたなんてな・・・・・・」


~第三章~
REDSTONEと関連
書記:ケーヴェル・グラウン

「王国ブルンは内乱が起き、崩壊した
わたしは何が起きたのか解らなかった
ただ呆然と崩れ落ちる城を眺めているしかできなかった
REDSTONEが王国に出現してから
1年もしない日のことだった・・・

組織はREDSTONEの力を引き出そうとした
何よりこのときの私たちは
この石が存在する恐ろしさをまだ知らなかった
研究中
ひとりのウィザードが
突然何かにとりつかれたように
REDSTONEを眺めていた

そしてまもなく
王国の内乱が起きた
王国内では悪魔が徘徊し
王族をむさぼり食っていた
私もいずれ奴らの餌食になるのだろう
それまでに
自分の知っている全てを書き記し
後世の物達に
REDSTONEの恐ろしさを
そして王国の内部で何が行われていたのか
それを書き記そう

全ては聖域から始まり
混沌より終わる
始まりは終わり
終わりは始まり

その意味が
REDSTONEの意味なのだ
この石はあってはならない
この世界の存」

「なに・・・・・・ これ・・・・・・」
アイはそう言うしかなかった。
自分が何者かに陥れられているような、ひどく気分が悪い。
「それに・・・・・・ 最後の聖域ってなに? しかも赤いインクがこぼれてて見えないよ!!」
アイはハースを咎めるように叫ぶ。
「アイさん・・・・・・ 違いますよ・・・・・・」
フロがぼそりと呟いた。
アイは後ろのソファーに座っている少年の方を振り返る。
「これは、血の跡です・・・・・・」
フロはうつむいて言った。
一言一言はっきりと、そしてかすかに震えた声だった。
アイは絶句した。
「フロ、本の最後のページを見てみろ」
ハースが静かに言う。
フロは言われたとおりに最後の章を見る。
そこには、こう書かれてあった。

「およそ五百年余りの昔、ブルン暦4423年6月。
俄かに空が黒く成りて3日間彼の状態が続け。
続いて十日間明るくて赤き光空を被いし。彼の挙句、
赤き光一つの点に成りて南の土地に落ちれり。」

赤き空の日と呼ばれたこの事件は
およそ500年前のこと
空の遙か彼方にある天上界の中心に
この世界の源でもある石があった
すなわち
火、風、土、水、闇、光の神獣達の結晶
それぞれの神獣が守っている石の存在
そのなかのひとつ
RED・STONEと呼ばれる石が
地上界の悪魔に持ち去られたのだ
その悪魔は
自分の身を隠すのに
天上界を選んだ
地上界のある山の中から来たその悪魔は
REDSTONEの力を自分の物にしようとしていた

それから200年余り
徐々に衰退していった天上界は
200年間REDSTONEのあらゆる噂を
地上界に流した
その石を手に入れると不老長寿になるとか
巨万の富を手に入れることが出来ると。
なぜなら
6個の石が一つでも欠けると
世界の元素が歪んでしまい
存在そのものが成り立たなくなってしまうからだ

しかし
地上界の衰退は天上界を遙かに上回った
REDSTONEの捜索中に
各地の悪魔を目覚めさせてしまったからだ
人間の無知な行動により
悪魔の数はさらに増していった
地上界は
まさに混沌の世界となった・・・・・・

再起の時をはかるのは聖域であった
人々は聖域の恩恵を受け、地上を徘徊する悪魔と戦った
REDSTONEは粉々に砕け散り
人々と共に姿を消した
跡には
目を瞑りたくなるほどの旋律しか
残ってはいなかった

始まりは終わり
終わりは始まり

聖域に属する者が世界の運命を握る
王国に刃向かう者が聖域の敵である
全ての魂は楽園へ
全ての身体は大地へ
万物を司る聖なる領域
邪の権化となる赤き目の使者

光は白く輝きを持ち
風は黄の息吹を発し
水は母なる海を目指す
闇は黒く静かに燃え
炎は赤く全てを焦がし
土は金色の大地に降り立つ

6つの宝玉は大地に眠る
その全てを解き放つ時
聖域への道は開かれる

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
二人は本を開いたまま、動かない。
「聖域、それは陰なり」
アイ達が読み終えたのを見計らい、ハースが再び口を開く。
「依頼人から聞いた情報だが、気になって自分で調べてみたんだ」

・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

床のランプの炎が静かに揺れる。
ハースが何か喋っているが、何も聞こえない。
フロとアイは本を開いたまま動かなかった。
理由は、本に魔法陣が書かれていたから。
その魔法陣から、声がしたから。

二人は本を持ったまま
床に倒れた・・・・・・


~フロワード・サイド・フィールド~

暗い意識が、ぼんやりと蘇る。
まるでそこに何時間もいたかのような、身体を締め付ける硬直。
手を動かそうとしてもぴくりとも動かない。
体中の細胞がどこかに行ってしまって、意識だけ取り残されたような。
目も開かない。 いや、開けない。
声も出ない。 いや、出し方を知らない。
自分が何で、この身体が何なのかも、それすら 解らなかった・・・・・・
白濁した意識の中に、誰かが語りかけてくる。

『こっちじゃ・・・・・・』

その声を聞いたとたん、体に自由が戻った。
フロははっと起きあがる。
そして回りを見渡して愕然とする。
さっきまでいた暖かい部屋ではなく、まるで廃墟のような建物。
石作りの大きな建物で、所々が劣化してぼろぼろになっている。
今まで生きてきた中でフロは、こんなにも大きな空間にいたことがなかった。
横幅は何メートルあるのか。
少なくとも100メートルはあるだろう。
床には当時赤色だったと思われる茶色い絨毯が、空間の億に向かって敷かれていた。
絨毯に沿って奥に歩き始める。
ほこりっぽい空気が体中にまとわりつき、息をするのも苦しいくらいだ。
歩き始めて気付いたのだが、壁の上の方には窓があり そこから光が差し込んできている。
歩くにつれその光は徐々に強みを増していった。
空間の先には、重苦しい壁があった。
どうやら道はここで行き止まりらしく、壁の中央には高さ30メートルはあろう巨大な扉が設置されていた。
「・・・・・・・・・・・・」
フロは、扉の前に立ち言葉を失った。
フロの立っている床にある、ある物体のせいだった。
見てはいけない、 でも見なくちゃいけない
己との葛藤を繰り返すうちに、空間の両脇の壁が揺れ出す。
フロはあわててバランスを取ろうとしたが、揺れは徐々に大きくなり、身体を支えることは難しかった。
やがて両脇の壁は、ピシピシと亀裂が走ったと思うと
大きな音を立てて崩れ落ちた。
壁の先には、光があった。
ただの何もない光。 白く輝く光の壁。
そして
扉の側には
一体の屍があった。

屍と呼ぶのは、間違いかもしれない。
服装はまだ生気を持ち、身体も生きているようだった。
だが
明らかに生気が感じられない・・・・・・。

『そこに鍵があるはずじゃ・・・・・・』
そしてまたあの声がした。
フロは一瞬びくりと身をちじませたが、思い切って屍のポケットを探る。
そこには
一個の機械と、対になった二つの短剣が入っていた。
機械は藍色の光沢で、何かのカートリッジのようだった。
そして短剣には美しい装飾が施されていて、淡く光り輝いていた。
フロにはこの短剣をどう使うのか解っていた。
前から知っていたのではなく、頭で理解したのだ。
この短剣から流れてくる記憶の根粒。
フロは扉の前に立ち、二つの短剣を勢いよく突き刺した。
やがて扉は静かに開いていく。
しかしフロは気付かなかった。
屍が起き上がっていたこと。
もうその空間には光りなど無く、混沌の闇が充満していたこと。
フロは
気付かなかった・・・・・・


~眷属達の間~

部屋の中は薄暗く、さっきの光のせいでよりいっそう静かに見えた。
壁には本棚なのか、多くの書物が所狭しと並べられている。
奥を見ると大きな机があり、その向こうにも本棚があった。 やはり本ぎっしりと詰まっていた。
机に誰か座っている。

「よく来たの フロワード」
優しい声が語りかける。
それは紛れもなくさっきまで聞いていた声だった。
フロは戸惑い、こう話しかけた。
「あの・・・・・・ ここは何処ですか?」
奥にいる人物は椅子から立ち上がり、机に前にもう一つの椅子を置く。
「そこに座るがええ」
そう言って自分の座っていた椅子に戻る。
フロは少しずつすすみ、肩をこわばらせながらも椅子に座る。
そして始めて、声の主の顔を見た。

顔は精悍な顔立ちだが、見るからに年を取っている。
片目はつぶれていて額から頬まで生々しい傷跡が残っていた。
髭を腹部の辺りまで伸ばし、髪は後ろで縛っている。
瞳は蒼く、まるでこの世の全てを見透かしそうな目だった。
「ここは何処か・・・・・・ とお主は聞いたな」
老人が話し始める。
フロは黙って頷く。

「ここは、名前など無いんじゃよ」

フロから目線を右側の本棚に移し、しわがれた声で話す。
フロはどう言おうか迷ったが、老人にこう聞いた。
「宿屋での声・・・・・・ それは貴方ですね?」

そう
アリアン宿屋にいた頃、ハースから受け取った本に魔法陣が描かれていた。
その中から機械的な声で頭の中に語りかける者がいた。
『聖域に巣くう闇の眷属達による宴が今宵始まる 各地に潜む影を暴き出し滅殺せんことを願う』
その声を聞き終えてから、フロの意識は薄れていったのだ。

「いかにも、それはわしじゃ」
老人はそう言い、席を立ち上がった。
「お主は導かれたのじゃ この聖域の狭間、眷属達の間にのう・・・・・・」
老人は右側の本棚から、一冊の本を取り出した。
その本を開き、中にあったのであろう2,3枚の羊紙皮を手に取り、本を元の位置に戻す。
フロはそれを怪訝そうに眺めながら、老人の言っていることを反芻して考えた。
やがて老人はフロの正面に立ち、その羊紙皮を差し出した
「これは太古から眠っている魔術の呪文書じゃ これを使えばお主は強大な力を得ることになるじゃろう」
フロは羊紙皮を手に取り、ゆっくりと読む。

その刹那!
フロの身体は放電を始めた!
「しかしこの呪文書は強大な力を持つゆえ、使い手の力を試すのじゃ・・・・・・」
バチバチと雷を発する身体を丸め、声にならない悲鳴を上げる。
「お主の中のもう一人の自分を見つけることが出来れば、その魔術を自由に操ることが出来るじゃろう」
老人は一語一語丁寧にゆっくりと説明している。
やがて、フロの身体は焦げ きつい燃焼の臭いが辺りに立ちこめた。
「天雷の精霊よ、行くがいい お主は聖域の鍵を握る者を守るのじゃ」
フロは息が出来なくなり、そのまま意識が薄れていく。
その時確信した。
自分の中にいるもう一人に自分を。
そしてこの力を手に入れられたこと。
フロは微笑みながら気を失った・・・・・・

フロが気を失ってから数分後。
部屋の中には老人しかいなかった。
老人は机の上にある本を開き、羽ペンでこう書き記した
<フロワードは天雷の称号を手に入れた。>
<ゆえに天雷の魔術も会得した>
<聖域の鍵を握る人物の大切な役目を知るだろう>
老人は本を閉じ、疲れきった様子でゆっくりと夢の中に落ちていった・・・・・・

やがて、部屋を 暗闇が包んだ・・・・・・



~アイテール・サイド・フィールド~


白い部屋・・・・・・
何もない、白い部屋。
いや、部屋と呼ぶにはあまりにも大きすぎるだろう
地面は白く、空も白く、地平線の彼方までもが白い。
まるでからっぽの心のようだった。
アイはぐるりと回りを見渡す。
ここは何処だろう
さっきまでいた宿屋の記憶が、遠い昔のことのように思えた。

私は、歩いている。
何処までも続くこの光の空間を。
ひたすら、歩いている。
何処へたどり着くのかも解らない。
だが、私は知っている。
ここにあの人がいるんだ・・・・・・

アリアン宿屋で聞いた声。
本の中の魔法陣から頭の中に語りかけてきた声。
その声は、こう言っていた。
『アイテール、早く私の元へ帰ってきて・・・・・・ 何処へ行ってしまったの・・・・・・』
その声はとても切なく、私の心に響いてくる。
あのことを考えるだけで胸が痛んだ。

その空間は、私以外何もなかった。誰もいなかった。
所々に変な形の造形物はあったものの、私ははそれに目もくれずに歩く。
造形物の形は不安定で、雲のように白く透き通っていた。
触ると壊れそうな、繊細な物質。
まるで
今の私の心のような物だった・・・・・・。

何処まで歩き続けたのだろう・・・・・・
回りを見渡しても、来たときから風景は変わらない。
歩き続けても、息切れもしない。 足も痛くならない。
私が私でなくなったような、精神だけの存在。
不安定な物質と、白い空間は、静寂の中にあった。
声を出そうとして、やめる。
この世界が壊れそうだから。
この空間そのものが消滅して、私は戻れなくなりそうな気がしたから。

いつまで歩き続けたのだろう・・・・・・
時間の感覚がつかめないこの空間は、生者の住む場所にはとうてい思えなかった。
私は唐突に、ハースの言葉を思い出した。
『聖域、それは陰なり』
背筋がぞくっとする。
私は死んでしまったのだろうか。
すでに肉体は死滅して、精神のみが生き続けているのだろうか。
不安などとうに越えた。 私にあるのは、行方も知らぬ恐怖だけ。
この世界の果てに希望はあるのだろうか。
私はそこにたどり着くまで一人っきりなのだろうか。
いや、本当にたどり着けるのだろうか。
私の知らないところで影が動いている気がする。
後ろを振り向いたら、影に飲み込まれそうな恐怖心。
見えない怪物に怯え、ただひたすら振り向かないで歩き続ける。

いまにも壊れそうだった。
その時、思った。
あの時と似ている・・・・・・
私の思考はそこで停止した。
私はもう駄目だ。
アイは両膝をつき、白い空を仰ぎ見る。
「楽になりたい・・・・・・」
そう、呟いた。

その時
ふと視界が開けたように感じた。
実際に広くなっているわけではないが、何かが変わっている。
前を見ると、そこにはさっきまで無かった椅子があった。
誰かが座っているのがぼんやり見える。
私は、何も考えずに進んでいった。
そこには

白い服を身に纏った女性がいた。
金色の髪を持ち、片目は赤く、もう片方は茶色かった。
その女性は本を持ち、静かに座っていた。
私が側に歩いていくと、顔を上げ顔をほころばせながらこう言った。

「お帰りなさい アイテール」

私は、この女性が何を言っているのか解らなかった。
「どうしたの? 側へお座りなさい」
柔らかな声が、アイに届く。
アイは静かにこう言った。
「貴方が、ここに、私を連れてきたの?」
念を押すように一言一言じっくりと問いかける。
女性は 当たり前じゃないか というふうに頷く。
「何なのよ・・・・・・」
アイは消え去りそうな声で呟く。
「なんなの! いきなり人の頭の中に入り込んできて!」
アイの剣幕に、女性が驚く。
「貴方は何者なの!? どうしてここにつれてきたの!?
貴方は私の何!? 見ず知らずの他人をこんな空間に連れてきて楽しいの!?」
涙をぼろぼろと流しながら、女性に向かって叫ぶ。

「こんな・・・・・・ こんな世界・・・・・・ 嫌だよぉ・・・・・・」
アイはその場に泣き崩れた。
「生きる希望もない、ただ広い空間があるだけ・・・・・・ この世界は悲しみしかない!
生きる喜びすらも解らなくなる・・・・・・ こんなの・・・・・・ こんなの嫌だぁ!!!」
アイは嗚咽を漏らしながら椅子にもたれかかる。
女性は、静かに見守っていた。
優しく、アイの頭をなでながら。


~記憶の狭間~

あの時あったことは、今でも覚えている

お母さん! おかぁさん!!

私は叫んでいる
床に突っ伏した母の身体を揺さぶりながら、名前を呼び続ける
母の服は深紅に染まり、私の手も赤かった

おかぁさん! ひとりにしないでぇ!!

私はせがむように母の身体を揺さぶる
かろうじて意識があるのか、母は私の手を握っている

まってておかぁさん! すぐにお医者さんをよんでくるから!

そういって母に毛布を掛け、自分でこつこつとためた小遣いを片手に家を飛び出した
町は薄暗く、月の明かりしかない
私は、一生懸命に夜道を走る
走らないと、 あいつが追ってくるから 
しかし、時間が時間だったので何処の診療所も閉まっていた
私は急いで家に戻る

おかぁさん! いかないでぇ!

私が叫ぶ
母は、私の手を取り、何かを握らせた

それ・・・ を・・・・・・ 持って・・・ な・・・ さい・・・・・・

母やかすれた声で話す
私は手の中にある物をしっかりと握りしめ、母を抱きしめる

おかぁさん、いっちゃだめだよ・・・・・・
あたしを一人にしたらダメだよ・・・・・・

母は、苦笑しながら私を見る
いまにも意識が飛びそうになっているのに、母は、笑っていた・・・・・・

しかし、その微笑みも長くは続かなかった
目の前で微笑んでいたはずの母の表情は、驚愕と苦痛の色に染まる

おかぁさん!!

母の背中には、剣が刺さっていた
大きい、見るからに大剣と呼べる物だった
剣はゆっくりと、母の身体から抜けていく

これで全員か・・・・・・

男の声がした
私はその声の主を仰ぎ見る
男は、黒いマントを羽織っていた

おかぁさん・・・・・・ おかぁさん・・・・・・

私は母の名前を呼びながら揺さぶり続ける
さっきの男も母を切ったのだろうか
それとも突き刺したのだろうか

お前も母の元に行きたいか?

男が私に語りかける
私は、母と離れるのが嫌で、小さくこくりと頷いた・・・・・・

なら、誓いを立てよ・・・・・・

男はそう言いながら、私に剣を振り下ろした
鮮血がほとばしる
痛いという感覚を越え、苦しいに変わっていく
私は、白い風景の中にいた
回りにはなにもない
ただ広い世界が広がっているだけ
私は
そこで
深い眠りについた・・・・・・



~アイテール・アナザー・フィールド~


ふと気がつくと、私は草原の中にいた。
白い空間の中で椅子にもたれかかった姿勢のまま、私はそこにいた。
空は青く、緑が生い茂り、地平線の彼方には山々が見える。

「よく眠ったわね・・・・・・」

そう
声がした。
そこには女性がいた。
白い空間の中にいた女性だった。
「おかぁ・・・・・・さん・・・・・・?」
私は、そう聞いた。
「ふふっ ようやく思い出してくれたのね」
あの時の微笑みが、今ここにある。
私を慈しむ目
全てを許してくれる声
優しく包んでくれる母が
そこにいた。

私は安心したのか、母の顔を見上げながら笑った。
「おかぁさん・・・・・・」
もう一度声に出して言ってみる。
「なあに? アイテール」
母は私の頭を撫でながら答える。
風がそよそよと吹く。
安心した。
心からそう思えるのは初めてだった気がする。

「おかぁさん、おかぁさん・・・・・・」
何度も何度もそう呼ぶ。
自然と、涙がこぼれ落ちていた。
「あれ・・・ 嬉しいのに・・・ なんでだろ・・・・・・」
涙を流しながら言う。
母は我が子を、きつく抱きしめた。
そして

「お母さんは、ここにいるよ」

そう言った
とたんに何かが外れたように、私は大声で泣き出した。
母は困ったような顔をしながら、抱きしめてくれる。
「おかぁさん おかぁさん!」
母が側にいてくれる。
それだけで幸せだった。
あの時もう会えないと思った母がここにいる。
ただ泣きじゃくる私を、母はずっと抱きしめていてくれた・・・・・・


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